最近の私はよく、
「一度も食べたことがないもの」や
「味が想像できないもの」
を積極的に選ぶようにしています。
選択肢が狭かったあの頃
私は以前、約30年ほど生きてきて、サッポロ一番塩らーめんを食べたことがありませんでした。
食べたらめっっっちゃ美味しかったのです。
塩ラーメンがこんな美味しいなんて知らなかったよ!!!
...でもよく考えたら、ラーメン以外でも、これまでの自分の食事の選択の方法は常に、
「経験したことがあって、大体アタリとわかっているから食べる」
というパターンだと気づいたんですね。
パスタを食べるなら、だいたいミートソース。
(ペペロンチーノやジェノベーゼは、つい最近まで食べたことがなかった)
ケーキを食べるなら、だいたいモンブラン。
(ティラミスやシフォンケーキは、つい最近まで以下略)
ステーキを焼くときの付け合わせは、だいたい玉ねぎとにんじん。
(パプリカやピーマンは嫌いだった。今は好き)
なぜか?
選択に失敗したくなかったから。
この「失敗したくない」という思いが強烈すぎて、安牌しか引けなかったのです。
なぜ失敗したくなかったか?
食事に際して、がっかりした表情や言動を出してはいけないと思っていたから。
子供の頃、例えば
「塩味が薄い」
「お腹いっぱい(足りない)」
など言うと、母親がめちゃくちゃ怒るので、出されたものを出された通りに、出された量を食べることで、満足を得られるようにすることに必死でした。
多分、その記憶が強烈で、食べ物については
「とにかくハズレがない=我慢しなくても美味しく最後まで食べられると既にわかっているもの」
が選択の基準になっていたんですね。
なぜ選択肢を広げられたのか
自分の場合、
「味薄いから、塩足していい?」
「もう少し食べたいから、明日の分にとってあるおかずも食べていい?」
などと素直に言える、言っていいパートナーに出会えたことは一つあるかもしれません。
(これが言えるようになったのも、ここ1〜2年です)
食べてみて好みじゃなかったら、好みじゃないと言っても大丈夫なんだ。
足りなかったら、もう少し食べてもいいんだ。
お腹がいっぱいなら、代わりに食べてもらってもいいんだ。
味付けを変えたかったら、自由に変えてもいいんだ。
また、これまで経験してこなかったものを食べるようになったのも、結局パートナーが
「一回だけこの料理作ってみよう」
「一口食べてみる?」
「食べてみて美味しくなかったら、僕のと交換しようね」
と誘ってくれたからなんですよね。やさしい...( ˘ω˘ )
そうして知らない味を何度も体験して気づいたのです。
知らないだけで、思ったより美味しいものって、世界にたくさんあるんだ。
選択肢を自分一人で広げるのって、難しいことなのかもしれません。
普段選ばないものも、選んだらダメだと思っているものも、
自分の中では盲点になっていて、選択肢として出てこないことすらあるからです。
これまで選んでこなかった新しい選択肢も、
仮にその選択肢が、自分にとってハズレだとしても大丈夫だ、と言う新しい世界線も、
他人の力を借りることで、初めて知ることができるのかもしれません。
まとめ
なんだろう、書き始めた当初の予定とは違って、ノロケ記事になってしまったな...?笑 (๑╹ω╹๑ )
ということで、選択肢を広げたい時は、誰かの力を借りてみると良いというお話でした。
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